蔵のや 保養所

強羅温泉は、明治時代から保養所として発展きた

蔵のやは、かつて東京電力の保養所として利用されていましたが、
今では、一般の方にも広くご利用頂けるようになっております。

 

蔵のやのある強羅温泉は、明治時代から保養所として発展していきました。
冷房の無かった時代ですので、都心に近く標高500mを超える温泉地は

当時、避暑地として多くのセレブらに愛されたのではないかと思います。

 

著名な保養施設は、大正3年に『強羅公園』が開園されました。
蔵のやは、この『強羅公園』のすぐ側にあります。

 

その後、世界大戦を経て高度成長期を迎えると、
箱根には、セレブらの別荘や保養施設などとは別に、

大企業や公共団体の、保養所が建てられていったようです。

 

一方、箱根への鉄道輸送シェアを、小田急と西武で
泥沼の争いを繰り広げていました。

これが世に言う『箱根山戦争』ですが、
2003年、両社で箱根観光振興の業務提携がなされ、

この争いも終結しました。

 

近年に入り、公共事業の民営化や大企業の経費削減などもあり、
こういった保養施設が売買されるようになりました。

それに伴い、一般人でも気軽に使える旅の宿が、箱根に限らず
全国にたくさん現れました。

蔵のやも、そんな元保養所であった旅館の一つだそうです。

 

そんな歴史ある箱根ですが、やはり箱根と聞いて思い出すのは、
『箱根駅伝』。正式名称は「東京箱根間往復大学駅伝競走」で、

東京の読売新聞本社前から、芦ノ湖までをタスキで繋ぐ競技というのは、
知っている人にとっては、常識以外の何物でもありませんが、

駅伝を知らない人は、『箱根駅伝』の名前から、
箱根の山をグルッと回っている・・・

なんて、思っている事もあるようです。

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